プロフィール

ブロガー&ライター 「リュウ」の詳細プロフィール

はじめまして。このブログ「ノマドワーカの好きなもの」を運営しているリュウです!

現在会社員として働きながら、このブログの運営はライターとしての記事執筆を行なっています。

この記事ではぼくのプロフィールを書いていきます。

リュウのプロフィール

  • 1992年8月生まれ
  • ブロガー・ライターとして活動中(仕事募集中)
  • ブログ運営歴3年、最高PV8.3万(別ブログ)
  • スピッツファン歴13年

現在は会社員として働きながら、このブログの運営とライターとして他メディアでの執筆を行なっています。

仕事は随時募集中ですので、ライター実績などについては以下をご覧ください。

【随時更新】リュウのライター実績とお仕事依頼について当ブログでは、ライターとしての執筆依頼も募集しています。 時期によっては対応が難しい場合もありますが、お気軽に相談いただければと思...

リュウの小学校時代〜現在まで

 引っ込み事案な小学校時代

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思えば子どものころから、自分の気持ちを押さえつけて生きてきたように思います。

子供は大体おもちゃやお菓子を欲しがって親を困らせるものじゃないですか。でもぼくは全然欲しがりませんでした。

他の子供が駄々をこねて親を困らせているのを見て、おもちゃやお菓子を欲しがると親が困ると感じてたんですよね。

リュウ
リュウ
3,4歳のころから自分の気持ちを押し殺すことを覚えてしまいました。

といっても何でも我慢していたわけではなく、ホームセンターに行ったときはつまらなかったので「帰りたい!!」と泣きわめいていました。

その経験でホームセンター=つまらないと頭に刷り込まれたのか、今もホームセンターは好きじゃないです 笑

一言でいえば引っ込み思案な子供でした。授業で手をあげて問題を答えることはほとんどなく、先生が誰かをあてるときはあてられないように必死に祈っているタイプでした。

中学校で吹奏楽を始める

ぼくの入学した中学校は、必ず何か部活に入らないといけませんでした。

特に入りたい部活のなかったぼくは、友達に誘われて吹奏楽の仮入部に行きました。

しかし誘われてきただけなので、吹きたい楽器もない。

どうすることもできず立ち往生していたら先輩に声をかけられ、チューバという低音域の楽器を吹きました。

こんな楽器です↓

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先輩に言われるままに吹いてみるものの音はまったく出ませんでした。

それが嫌だったのでもう一度仮入部に参加し、なんとか音を出せました。

それが何だかうれしかったし、特に入りたい部活もなかったので吹奏楽部に入ることに。

入部してからどの楽器をやりたいかの希望を聞かれました。

しかし吹奏楽のことは何も知らず、やりたい楽器もない。

リュウ
リュウ
特にやりたい楽器もないし、仮入部で吹いたあの楽器でいいや」

こんな理由で、周りがトランペットやフルートを希望する中でぼくだけがチューバを希望。

他に誰も希望しないのであっさり決定。こうしてぼくはチューバを吹きはじめました。

それからは楽器づけの日々。3年間続けて吹奏楽の楽しさを実感していたので、高校でも続けることにしました。

部活づけの高校時代

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中2になって進路を考える時期になり、ぼくが行きたいと思ったのは何度も吹奏楽コンクールの全国大会に出場している県でトップレベルの学校でした。

定期演奏会は3回公演で2000人入るホールが毎回満席になるほどの人気。ぼくが中3の時は全国大会に出場していました。

かなりレベルが高いので普通だったら「練習についていけるのか?」と不安になるものですが、ぼくは「まあなんとかなるだろ」とものすごく甘く考えていました 笑

そんな甘い考えのぼくを待っていたのは、中学校とは比べ物にならない楽器づけの日々。

座って演奏するだけでなく、動きながら演奏するマーチングもやっていました。

これがめちゃくちゃしんどい。体育の授業でしか運動をしていなかったぼくはフラフラでした。急に運動量が増えたせいか5キロやせました 笑

部のレベルには全然ついていけず、2年生になって部の中心になってからは合奏で先生に毎回のように怒られる。いくらがんばっても思うように吹けない

部を辞めたくなったことは何度もありましたが、部を辞めるという選択肢はありませんでした。

ぼくは吹奏楽部だけで学校を選んで入学しているので、部を辞めたらもう学校に来る意味がなくなると思っていました。あとは単純に辞めるという勇気がなかった 笑

そんな感じでほとんど意地で部活を続けてましたが、辞めずに続けて本当によかったです。

部活では楽器以外にも「人のやりたがらないことは率先してやる」「周りの人への感謝の気持ちを持つ」など人として大切なことをたくさん教わりました。

これは今も大事にしていることです。

それを実際にやっていくと自信がついてきますし、同級生など周りの人も応援してくれるように。

リュウ
リュウ
入学したころはまともに会話できずキョドキョドしていたぼくも卒業するころにはちゃんと会話ができるようになっていました 笑

しかし高3のコンクールは北陸大会金賞で全体の6位

上位2校が全国大会に出場するので、目標だった全国大会は一歩手前くらいで逃す結果になりました。

そのこと自体は悔しいし、もっとああしてればっていう後悔もあります。

ただ高校の3年間がなければ今のぼくはないと自信をもって言えるので、吹奏楽部での3年間はとても大事なものです。

リュウ
リュウ
卒業式はめちゃくちゃ泣きました。今思い返すと恥ずかしい 笑

動物関連の専門学校に進学。大きな挫折を経験

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小さいころから動物が好きで動物と関わる仕事がしたいと思っていたので、飼育員になろうと千葉県にある結構有名な動物の専門学校へ進学しました。

学校には動物園のように動物がたくさんいて、実際に動物園でやる仕事を実習で行っていました。

オオカミに餌をあげたり、馬に乗ったり、凶暴なヒツジに突進されたり・・・おもしろいことがたくさんありましたね。

その反面、人間関係は最悪でした。

授業は座学と実習に分かれていましたが、生徒の間では実習で動けるやつが偉いという風潮がありました。

そのため、実習で動きが悪いと「使えないやつ」と思われバカにされるのです。

そしてぼくは周りに比べ動きのいいほうではなかったので、バカにされる対象になりました。

「使えない」という意味合いの暴言や罵声を浴びせられることもめずらしくなかったです。

ひどいことを山ほど言われましたが、ぼくは何も言い返しませんでした。「ここで言い返したらこいつらと同じレベルになる」と思っていたからです。

動物業界は人気がありますが求人は少なく、就職できる人は限られています。嫌なことにぼくをバカにしていた人のほとんどは就職を決めていくんですよね。

「なんであんなやつらが?」
「動物業界ってああいう感覚の人たちの集まり?」

そう思い、なにもかも嫌になりました。

正直学校をやめたほうがいいような気もしましたが、「動物以外の仕事につくとしても役にたつことが多いから卒業はしておいたほうがいい」という先輩の話を聞いていたので、やめずに卒業しました。

リュウ
リュウ
まあ、今考えるとやめてもやめなくても大した違いはなかったような。。。

結局就職が決まらないまま卒業を迎えましたが、就職が決まってないとかそんなのどうでもいいから早く卒業したくて仕方なかったです。

卒業の日には「これでもう学校にこなくていい!」といううれしい気持ちと「これが挫折ってやつかな。。。」という絶望的な気持ちでいっぱいでした。

小さい頃からの夢を追って県外に行ったのに、その結果は挫折をしただけ。

何も得られず、精神的にもボロボロになって富山に帰ることになりました。

ブログを始める

富山でも動物関連の求人に応募したのですが結果は不採用。

悩みに悩んで動物の仕事は完全にあきらめることにして、地元の印刷会社に入社しました。

ちょっと時間はかかりましたが少しずつ仕事ができるようになっていき、それなりにうまくやっていたんです。

それでも心の中にあったのは「このままでいいのか?」という疑問

なにせその会社を選んだ理由は、家から近かったから。これがやりたいとい思いがあったわけでもなく、ただなんとなく日々を過ごしているだけだったんです。

  • 今の自分を変えたい
  • 好きなことを仕事にして生きていきたい
  • もっと楽しい人生にしたい

そんな思いから、面白そうなイベントなどがあったらなるべく積極的に参加していました。

その中でひとつの転機となったのがブロガー・立花岳志さんのセミナーです。

立花さんはプロブロガーと言われる方で、ブログを書いて生活をされています。

講座のテーマは「心のあり方」
ぼくは立花さんのことはまったく知りませんでしたが、テーマに興味があって参加しました。

立花さんは講座の前日に富山に来られ、お昼からお酒を飲んだり路面電車に乗ったりして過ごしていたそうですが、それについてこのようにおっしゃっていました。

「お酒を飲むとか路面電車に乗るということも、ブログのネタになるから仕事になるんです」

リュウ
リュウ
ええっ、それってどういうこと?

衝撃的でした。それってつまり24時間365日100%自由な生活をしているうえに、そのすべてが仕事になっているということですよね?

それまでぼくが見たことあったブログは、芸能人が書いているファンしか読まなそうな内容のほとんどないものばかり。

しかし実際にはいろんな切り口で書かれたブログがあって、おもしろいブログがたくさんあることが分かりました。

なにより立花さんの話を聞いているうちにブログの可能性に打ち震え、なんだかゾクゾクした気持ちが込み上げてきたんです。

「ぼくもブログをやって人生を変えたい!」そう思い、このブログを開設しました。

ブログからライター活動も開始

当時パソコンを持っていなかったので、講座から4ヵ月ほどたってブログを開始しました。

ブログを始めて2年余りがたったころ、ブログがきっかけでライターとして記事を書く機会を得ることができ、幸運にも初月から3万円の収益が。

ブログは1万円稼ぐのに2年かかったのに、ライターはその3倍の額を1ヵ月で稼いだことになります。

お金のためだけにブログを書いていたわけではないですが、自分の好きなことでお金を稼げるのはうれしいもの。

「これはライターやった方がいいんじゃ?」と考えライター活動も開始し、2020年4月で1年がたちます。

おこがましいかもしれませんが、ぼくはブログ・ライターを通じて自分の文章で読んだ人を幸せにしたいと考えています。

幸せっていっても人生を変えるというよりは、ちょっとした幸福というか苦しみや悩みを和らげるとかそんな感じです。

まだまだ力不足だと感じていますが、もっと読者の力になれるライティグ力を身につけることを目指し、発信を続けていきます。